話し合いのスキル
『話し合いの作法』を読んでいます。まだ1章しか読み終わってませんが、ここまでで印象に残ったことを自分のなりの解釈で振り返ってみます。
・なぜ話し合いのスキルがこれから日本人にとって大事なのか
→高度成長期はみんな同じものを欲しがった。つまり、正解が分かりやすかった。今はみんなと違うものを人は欲しがる。つまり、何が売れるのかというはっきりした正解がない中で、正解を探さなければならない。一人では難しいのでみんなで知恵を出し合うために話し合いのスキルが必要。
・もともと日本人も多様
日本人の価値観が多様になっている。ただ、それは同調性の強い社会の中で顕在化しずらかった日本人の多様性が顕在化しただけ。多様性の壁を乗り越えるためにも話し合いのスキルは重要。
・民主主義を守るために話し合いのスキルが重要
→世界で権威主義的な政権が政治の実家を握る大国の台頭など民主主義の危機が起きている。世界ほどではないにしろ、日本の政治の世界でコミュニケーションの軽視といった民主主義の危機が起こっている。話し合いのスキルを身に付けることは、民主主義を守ることにつながる。
読んでいて『子ども達に民主主義を教えよう』の内容を思い出しました。引き続き読み進めてみます。
3月札幌『学び合い』の会
札幌『』の会に参加しました。年度末ということもあり、今年度を振り返るいい機会になりました。
明日、そして来年度のテーマは「事実を語る」「ビジョンを語る」
春休みはそのためにもう一度『』の考え方を学び直す期間にしようかと思います。
『不親切教師のススメ』
『不親切教師のススメ』を読みました。親切をやめ、子どもの主体性向上と教師の負担軽減を目指すための実践に共感することが多々ありました。私自身まだまだ不親切になれる余地がありそうです(笑)
私自身気をつけたいのは、不親切=何もしないと勘違いしないことです。不親切とは言え、何もしないのではなく、学び方ややり方はしっかり教えるということが、本書を読んで印象に残りました。そのあたりのバランス感覚を磨いていきたいです。
あとがきにも書いてありましたが、読んでみて、結局は子ども自身が自ら幸せになる力をつけるために支援する、ということを目指す不親切教師こそが真に親切なのではないかと思います。
デジタル・シティズンシップ教育
学年の総合で、デジタル・シティズンシップ教育として「SNSにおけるコミュニケーション」をテーマに授業をさせてもらいました。
一つ大きな一歩を踏み出せたかなと感じています。(授業としてまだまだ改善の余地はたくさんありますが😅)情報モラル教育からデジタル・シティズンシップ教育へと発展させて、授業という形にして、実践できたという一歩です。
生徒達の振り返りを読んでいると「〜〜〜というふうに使おうと思う」という表現が多く、デジタル・シティズンシップ教育の特徴である、ポジティブという面が表れているなと感じます。振り返りを読んでいて嬉しくなりました。
今回の授業をきっかけに、他の学年へもデジタル・シティズンシップ教育を広げていけたら、なんて思っています。
「部活動顧問の断り方」
「部活動顧問の断り方」を読みました。
部活動顧問を希望しないこと。子育てにおける妻の負担が大きいこと。家族との時間を大切にしたいこと。これらをしっかりと管理職に伝え理解してもらいたい、と改めて思いました。
顧問を断りすんなり認められればいいのですが、こじれてしまうことで、管理職と戦うような関係になってしまうことに、どうしても私は抵抗を感じます。
社会体育への移行を「校長、一緒にやりましょう」というのが今のところの私の考えです。多忙な中でどこまでできるのかわかりませんが。。多治見市の事例を調べてみようかと思います。
上位目標の共有
自校の教科の先生方の会議で、大きな変更になる提案をいくつかしました。受け入れてもらえたものもあれば、当然反対意見も。まずは、本質的な変化に向けて、対話できたことが意味のある一歩だったと思います。
対話を振り返って、上位目標を共有・合意するという作業が欠けていたなと思います。そして、この作業には時間がかかりそうだということも感じました。
対話を積み重ねていきたいと思います。